Act.2 横浜から来た男 その2

 レーンで仕切られたコースの中をパールホワイトのマシンが駆け抜ける。


 周りのギャラリーが見守るなか、そのマシンはコーナーをすり抜けて行った。


 響いているのはモーターの唸りとシャープなコーナリング音だけ。


 異様な静けさが空間を支配していた。



 「ま、こんなとこか」



 ゴールラインを割ったマシンはその先に待ち構える手によって引き上げられる。


 そのマシンの持ち主である彩希人はラップタイマーに表示された数字を満足そうに見つめていた。



 「しばらくぶりにこいつを走らせたけど、まだ行けるな」



 彩希人はもう一度タイムを確認し、それを側にあるホワイトボードへ記入する。


 周りが未だに呆気にとられていくなか、彩希人は荷物をまとめてその場を撤収していった。



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 「な、何があったんだぁ⁉」



 次郎が店に入ると、知っている様子と全く違う空気がその場を支配していた。


 いつもなら、即興でできあがるバトルに一喜一憂する熱気が支配しているのだが、今は水を打ったような静けさという表現がぴったりという状態になっている。



 「なんだったんだ、あいつ」


 「ここの記録を軽~く塗り替えてくなんて」



 全員が見ているの先を覗いて見ると、そこには昨日まで1位にあった名前の上に新たな名前が刻まれていた。


 しかも、今までの記録を大幅に引き離している。



 「もしかして、あれが走り屋ってのか?」


 「いや、そんなはずないだろ。だいたい、交通法規とかが厳しいこのご時世にさぁ」


 「そーゆうのが流れてきてんの、こっちならレギュレーションとマナー守ってりゃ文句言われないんだから」


 「はぁ……」



 結局、自分も雰囲気にのまれてしまった次郎なのであった。


 その後、何人かが挑戦したものの、彩希人の記録には到底及ぶことはなかった。



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 「悪い、ちょっといいか」


 「?」



 彩希人の転校からしばらく経ったとある日の昼休み。


 次郎は彩希人に声をかける。


 今の学校に来てそんなに経ってないから、声をかけられる要素をほとんどないと彩希人は思っていた。



 「何の用な訳?」


 「お前、ミニ四駆やってるっしょ」


 「それが?」



 直球ど真ん中な質問が来た。



 「別に否定しないけど、どうしたい訳?」



 無言で差し出されたのは、今ではギャグ漫画くらいでしかお目にかかれないベタな"果たし状"だった。


 不意討ちされた割には、極めてベタ過ぎな展開を彩希人は鼻で笑う気さえ起こせかった。



 「そこまで大げさにしなくても、俺とバトルやりたいんなら普通に言えばいいのに。ま、暇だから受けるけど」


 「よし、詳細はそこにあるからな。読んどけよ」



 言いたいことだけ言って、次郎は行ってしまった。


 ため息をつきながら、彩希人は果たし状に目を通すことにした。



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 彩希人が果たし状を受けた翌日の放課後。


 指定された場所である屋上に彩希人は向かう。


 何回か道を間違えつつも、屋上への入口にたどり着くとなぜか妙に騒がしい。



 「さぁ、やって来ましたぁッ!今日の挑戦者はぁ~」



 扉を開けた瞬間、格闘技のノリなのか妙に溜めまくるアナウンスが耳に飛び込んでくる。


 突然の展開に彩希人は呆気に取られるしかなかった。



 「噂の転校生、藤村ぁ~彩希人ォッ!さぁ、どんなマシンを繰り出して来るのかぁ‼」


 「……アホらし、やってらんねー」



 展開にあきれてしまった彩希人は回れ右し、そのまま帰ろうとした。


 だが、そうはいかないとばかりの声が気持ちを変える。



 「おおっと!挑戦もせずに帰るとは、どうやら腰抜けだったようだ。ということはオレの不戦勝ということだな」


 「ぁあっ⁉」



 どうせ、挑発のつもりなのだろうが次郎の言い方と同調したギャラリーの笑い声に彩希人はキレた。



 「誰も俺を……!って3、40年前の映画やらすつもりかよ、テメーはッ‼」


 「えっ、いや……、その……」


 「やってやろうじゃぁねーか、こいつで」



 いきなりの剣幕に次郎は困惑を隠せない。


 続けざまに彩希人は鞄の中からマシンを取り出す。


 パールホワイトのボディにガンメタのウイングを持つアバンテJr.、それが彩希人のマシンである。



 「ほぉ、初代かよ。こっちはな、アバンテはアバンテでも最新形のエアロアバンテだ!」



 負けじと次郎も自分のマシンを彩希人に見せる。


 エアロアバンテ、それは彩希人の持つアバンテの系譜を受け継ぐマシン。


 オフロードバギーの形質を色濃く持つ初代に対し、20年以上の歴史の中で培われた技術をふんだんに取り入れたエアロアバンテは性能だけでいえばかなりの差がある。



 「素の性能だけで勝てると思ってんじゃぁねーぜ。第一、俺のは足回りを新世代系列のスーパーⅡシャーシにしてるんだからな」


 「か、考えてはいるんだな」


 「当然、無謀な真似はしたくないんでね」


 「まあいい、ルールを説明するぜ」



 コースは基本型のオーバルコース(長円形)を2つ組み合わせたものにバンクコーナー2箇所を加えた変則スピードコースの時計回り。


 基本型のチューンを押さえていれば勝てるレイアウトだ。



 「それじゃ、スタート地点についてくれ」


 「ああ、いいぜ」



 次郎に促され、彩希人もスタート地点につく。



 「勝負は6周、Ready……」


 『Go!』



 観客の掛け声に合わせ2台のマシンが手を離れる。


 序盤はストレート4枚、ともに中径ローハイトホイールを装備するマシン同士互角の加速となる。


 しかし、長いホイールベースを生かした直進安定性からか相手のエアロアバンテが少し頭を出している。


 ストレートが終わり、3連続コーナーの1つ目。


 彩希人のアバンテがアウトコースというハンデをものともせずにエアロアバンテを抜き返した。



 「な、なかなかやるな。まー、次のバンクはインコースだし、今は譲っといてやるぜ」


 「……どうだか」



 次郎の言葉通り、2番目のバンクコーナーは最短のインコースで彩希人がさらに先行する。


 その差は少しずつ開き始めていた。


 3連続コーナーを抜けたところで、彩希人の持つリードはコース約1枚分。


 2連続ウェーブを抜け、レーンチェンジで今度は内側に入る。


 内側に入った分、リードは広げやすくなった。


 実際後半の3連続コーナーで、彩希人はさらにリードを稼いでいた。



 「なっ……、オレのエアロがこうも簡単に」


 「……Coolじゃぁないな」



 ストレートに戻り、次郎が多少は巻き返すものの彩希人には依然として追いつけない。


 焦りを見せる次郎に対し、余裕を見せ続ける彩希人。


 勝負は使い手の表情で決まっていた。



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 「まいった、完敗だ」



 勝負が半分過ぎたところで、次郎はギブアップを宣言した。


 既に差は4枚分くらいになっていた、



 「へぇ、人をここまで盛り上げといてそれぇ?ギブアップ宣言なんて受け付けねーよ」


 「ここまで差が出るなんて思ってなかった。オレが悪かった、許してくれぇ……」


 「……やだ」



 次郎のギブアップ宣言を彩希人は軽く一蹴した。


 走りで完全に勝負がつくまでが走り屋の勝ち方、そうでなきゃ面白くないと彩希人は思っている。


 不戦勝なんてものに頼るのは3流未満のすること、勝負はラスト0.01秒までわからない。


 どうにかして終わりにしたい次郎とそれを許さない彩希人のやり取りの間にレースは予定の周回を終えていた。


 もちろん、彩希人の圧勝。



 「俺の勝ちだな」


 「くぅ……」


 「圧倒的な差がついた時点で勝負捨てるのは勝負師がやることじゃぁない。そこら辺が出来上がったら、また相手してやるさ」



 彩希人はマシンを拾い上げ、そのまま帰っていった。


 ギャラリーの生徒達もつまらなそうに帰って行く。


 最後に残ったのは、呆然と突っ立ったままの次郎といつの間にかコースアウトしてひっくり返ったエアロアバンテのみ。


 誰もOFFにしないモーター音だけが夕方の空に響いていた。