Act.3 ラッキー・ガール その1

 「えー、ミニ四駆やりませんか~


 「無理だよ、集まりゃしないって」



 屋上でのバトルからしばらく経った日、彩希人は次郎の手伝いをさせられていた。


 そもそも、なぜ屋上でミニ四駆のレースができたのかというと、実はこの学校にミニ四駆部があるらしい。


 去年までは先輩がいたことで部が成り立っていたのだが、1学年上の先輩はおらず去年の新入部員も次郎1人だけという状況だった。


 つまり、2学年上の先輩がみんな卒業して部員が1人だけとなったミニ四駆部は廃部の危機に瀕しているわけである。



 「かといって、そいつが俺に新歓を手伝わせる理由になんないと思うけど?」


 「だって、うちのクラスでミニ四駆やってんのは彩希人だけだろ。手伝ってもらうには……」


 「みんな、テメーみたいに"趣味です‼"って強調するよーなタイプじゃぁねーのさ。歳相応じゃぁない、とかって表にする事を躊躇ったりしてるのが多いわけ」


 「はぁ……」


 「事実、今でこそ一般の月刊誌で毎月特集組まれる時代になってるけど、漫画を掲載してる雑誌は出版社が青年誌と主張してるのに書店じゃぁ児童誌として扱われてるし。現状はそんなもんなんだよ」



 淡々と話す彩希人に次郎はまだ納得がいかない表情を見せる。



 「そろそろ時間なので片付けてくださいーっ!」



 案内をしていた生徒会の役員が時間を告げる。


 その声に合わせるように周りの連中も撤収を始めていた。



 「さて、帰る……。いや、まだ付き合ってもらうか」


 「はっ?」


 「ちょいとショッキングだが、現状ってぇモンを見せてやるよ」



―――――――――――――



 「な、何コレ⁉」


 「現状を理解できたか?」



 彩希人がやや強引に次郎を連れてきたのは表通りから少し入った路地にあるガレージのようなところ。


 そこで繰り広げられていたのは、20年前のアニメも真っ青な光景だった。


 床一面には壊されたモノと思われる思われるマシンの残骸、壁にはどこから手に入れたのかわからない危険そうなパーツやらがかけられている。


 一応、端のほうに壊れたパーツや割れてしまったコースが寄せられているが、一向に片付けられる気配はない。



 「なんなんだよ、これは」


 「見てわかんない?壊し合いレースやってんの」


 「誰が壊し合いだ、コラァッ!」



 彩希人の言葉に、真ん中でその"壊し合い"をやっていた1人がつかみかかる。



 「俺は見たまんまを言ってるけど?」


 「これはバトルって言ってんだろッ!」


 「……どこが?そろそろ痛い目見ないと理解できないようだな」



 売り言葉に買い言葉と言った感じで、場の空気も険悪になってきている。


 向こうは完全にキレてるようだが、彩希人は余裕を崩さずにこの状況を楽しんでるかのような反応をしていた。



 「あのさぁ、なんでこんなことすんだよ。オレ、なんか悲しくなってきたんだけど」



 突然の次郎の発言に双方が言い合いをやめた。



 「ほう、許せないってか。いいぜ、勝負しようじゃねえか」


 「望むところだ、オレのエアロ……」



 いきなりの急展開に彩希人は「あのバカッ!」と口走りつつ、次郎を引っ込めにかかる。



 「ちょ、ちょっとタンマ。10分待って」


 「え、あんなのオレが……」


 「いいからッ!」



 彩希人は暴れる次郎を有無を言わさずに外へ連れ出して行った。



―――――――――――――



 「ったく、空気も読まずに安請け合いしやがってッ!」


 「なんだよ、許せないだろあんなの」


 「わかってるうえで言ってンだよ」



 彩希人は次郎を外に連れ出して説教に入る。



 「だいたい、あの連中に負けたらどうなるか知ってんのか?」


 「へっ?どういうこと」


 「あの連中のバックにはScary.Mって壊し合いを推奨してるチームが付いてんの。そいつの傘下にあるチームに負けると、マシンを差し出して見逃してもらうか、軍門に下るかどっちかしかないわけ


 「どっちも嫌だったら?」


 「……言わないほうがいい結果になる。それが原因でやめちまったのを俺は何人も見たからな」



 彩希人の声のトーンを一気に落とした。


 その語り方に次郎は戦慄を覚えた。



 「とりあえず、お前はなにもするな。展開を見守ってるだけでいい」


 「えっ、いくらお前が速いって言ったって、あの連中に勝つ自信あるのかよ」


 「あるさ、自信じゃぁなく確証としてな」



 そのまま、彩希人は再び建物に戻っていった。



 「待たせたな、俺が相手だ」



―――――――――――――



 足元に設置されたコースは一見するとオーソドックスだが、左右のコーナー間がレーンチェンジ以外全てウェーブで構成されている長めの変則オーバルコースとなっていた。


 おそらくはウェーブの凹みにかこつけて壁越しのアタックを仕掛けるつもりなのだろう。


 だが、バトルのベクトルを全て走りに向けている彩希人のような走り屋からすれば余計な攻撃(こと)に付き合ってやる必要などない。


 いつも通りのやり方で勝つ。


 それでよかろうということだ。



 「そいじゃ、Ready……」


 『Go!』



 立ち上がりは互角だがスタート地点からすでにウェーブとなっているためにあまりスピードは出ない。


 だが、相手が相手壁に当たる衝撃で攻撃を仕掛けてくる。


 そのため、マシンにかかるダメージは通常のレース以上にかかる。


 おまけに互いの距離が近い序盤ではコースから伝わってくる間接攻撃と敵マシンからの直接攻撃によるダメージがかけ算的にかかってしまう。


 それをものともせずに彩希人のアバンテは少しずつ相手との距離をのばす。


 その様子に相手は動揺を隠せなくなってきている。


 他の連中も「やっちまえ!」コールをあげてはいるものの、彩希人のワンサイドゲームでバトルは進んでいった。



 「終わりだぁッ!」


 「……遅ぇンだよ、いろんな意味で」



 相手がアタックをかけようとするが、彩希人のアバンテはすでにゴールラインを割っていた。


 彩希人がマシンを回収した直後、相手の魔改造マシンはコースを飛び出し、建物の鉄骨に直撃した。


 もちろん、その後の末路は言わずもがなである。



―――――――――――――



 「つー訳で、早急な立ち退きをよろしく」


 「テメェ、何の権利があってそういう態度を……」


 「ああ、ここのオーナーから頼まれてんの。ちなみに、これ通告」



 彩希人がいつのまにか取り出していた紙を突き出すと、それを読んだリーダー格は内容が進むにつれて顔を青ざめさせていった。



 「そーゆーことなので、今週中に撤収するように。それから……」



 彩希人は視線を傍らの机に向ける。


 そこにあったのは、偏光カラーのアバンテMk-Ⅱだった。



 「あれもこっちに渡してもらおうか」


 「それはだめだ、渡せねぇな」


 「……言うと思った。どうせ、持ち主の弱味握ってるからって奪い取った癖に」


 「あん?どゆこと、話が読めないんだけど」


 「その説明は後な」



 突然の次郎からの疑問をスルーしながら彩希人は話を続ける。



 「とにかく、ここからの立ち退きとこのMk-Ⅱを俺が引き取るのは絶対条件。異論は認めないからな


 「くそ、こっちはScary.Mなんだぞ。手出ししたら……」


 「重々承知してるさ、それ以前にテメー程度は200%俺に勝てねえよ。それどころか、俺のような"走り屋"にはな」



 彩希人の"走り屋"という言葉に相手方ではどよめきだす。



 「ホントにいたのかよ、走り屋」


 「神奈川のほうじゃScary.M傘下のチームがみんな走り屋に駆逐されたらしいぜ」



 その噂話を聞きながら、彩希人は外に出る。


 その後ろをそそくさと次郎もついていった。



 「す、すげえなお前」


 「走り屋の存在を知らなかったわけ?結構、知られてると思ったけど」


 「いや、噂だけだから都市伝説みたいなものと思ってた」


 「ホントはさ、この街にもいたんだよね。幻想騎士団ってチームが」


 「それは知ってる、去年解散しちまったけど。メンバーが全員女で、結構速かったってんで有名だったんだよなぁ」


 「で、そこのメンバーに俺の友達がいて、こいつはその友達のマシンな訳」



 彩希人は先程引き取ったアバンテMk-Ⅱを次郎に見せ話を続ける。



 「早いとこ返してやんねえとなぁ。それと……」



 彩希人は足を止めた。



 「お前のとこの部、入るよ」


 「マジか!よろしくな‼」



 彩希人から発せられた入部宣言、次郎は飛び上がるくらいに興奮した。


 しかし、彩希人は小声であることを付け加えていた。



 「テメーみたいな底抜けのバカを制御する人材が必要だということを痛感したからな」



 ところが、そのやり取りを見ていた人物がいたことまでは気づけなかった。