Act.4 ラッキー・ガール その2

 「やべぇ、遅刻しちまう!」



 自分の教室に急ぐ次郎の背後で予鈴が鳴りはじめている。


 なんとか教室に滑り込み、席につくと隣で寝ていた彩希人があくびをしながら目を覚ました。



 「朝っぱらから騒がしいなぁ、もうそんな時間か……」


 「間に合えばよかろうなんだよ」


 「そういうものかね」



 そんな話をしていると、教室に担任教師が入ってくる。


 Scary.M傘下のチームとのバトルの翌日、なんの変哲もないホームルームで一日が始まるのだった。



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 つまらない午前中の授業が過ぎ、少し長い休み時間……


 それは、突然の来客だった。



 「おい、ミニ四駆部。客が来てんぞ」


 「何だ何だ、さっき彩希人から入部届もらったってのに」



 同級生からの呼びかけに次郎が応じる。


 そこに来ていたのは、見慣れない眼鏡をかけた少女。


 制服からして同じ学校ということはわかる。


 周りの連中も初めて見たような反応を示すものが大半なところから、おそらく別の学年なのだろう。



 「1年の葵 瑠璃子です。入部届を持ってきたのですが」


 「ちょ、ちょっと待て。オリエンテーションだってまだやってないのに、いきなり入部って」



 困惑する次郎をスルーして、葵 瑠璃子と名乗った少女は話を続ける。



 「私、中等部でもやってたんです。高等部にもあるって聞いたので」


 「けど、人数不足で廃部になるかもしれないぜ」


 「そこは大丈夫です。存続ラインは4人でしたよね、そこはあてがあるので後で紹介します」


 「それって、今日は休んでるとか?」


 「はい、仕事とか結構あるんで」


 『は⁉仕事?』



 突然発せられた「仕事」という言葉に彩希人も次郎も一瞬固まってしまった。



 「D-Forceって、知ってます?」


 「ああ、数で勝負系のアイドルグループだっけ?俺はそーゆーの興味ねーけど、名前を聞いたことはあるな」


 「数で勝負とか言うなッ!一押しの選択肢がたくさんあるんだからいいだろッ!特にSpinsの……」


 「……ほっといて続けて」



 突然ヒートアップしてしまった次郎を無視して、彩希人は話の続きを促す。



 「とにかく、そこのメンバーなんです。後で連れて行って紹介します。直接話せば応じると思います」


 「わかった、どこでそれはやってる?」



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 「……で、ここな訳」


 「まぁ、そうですね」


 「だからって、混み過ぎなんだよ」



 学校が終わり、彩希人達はその足で池袋の大型ショッピングモールに来ていた。


 なんでも、紹介したい生徒が今日はこの場所で行われるイベントに出演しているのだとか。


 人が集まりだす少し前だったこともあり、彩希人達は最前列に陣取ることができた。


 だが、後から来る人の山が予想以上のプレッシャーをしかけてきたのである。



 「だから、押すんじゃぁねぇって!」


 「先輩、そろそろ出てきます。センターにいるツインテの子です」



 その直後、ステージに数人のグループが出てくる。


 言われた通りセンターに視線を向けると、彩希人は軽く驚いた。



 「雪吹(いぶき)⁉」



 彩希人は思わずめったに会わない友人の名前を口に出していた。



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 「樹から聞いてたとはいえ、マジかよ」


 「え、お前いぶきちゃん知ってんの?」


 「知ってるも何も……」



 隣で驚く次郎だが、彩希人は話を続けた。


 周りのギャラリーもなぜか彩希人の話に耳を傾け始めている。



 「あいつの従兄が俺の親友だし、ちょくちょく遊びに来てたから俺もそれなりに……」


 「なになに、もっと聞かせて」


 「気になるぞ!」


 「な、なんで急に集まってきてんだ⁉」


 「……そりゃそうですよ」



 突然集まってきた群衆を制しながら、瑠璃子は彩希人の話を止めさせた。


 なにか謎があるようだが、彩希人は状況を理解できないまま瑠璃子に会場から連れ出されてしまった。



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 彩希人達は会場を離れ、人気のない階段へ移動した。


 ここに来て、瑠璃子は話を再開する。



 「藤村先輩、いくら先輩がいぶきの友達だからってライブ会場ではそのことを話さないでほしいんですけど」


 「そりゃまたどうしてだ?」



 一瞬、彩希人は考え込むがすぐに思い出す。



 「あぁー、そりゃぁプライベート明かしたくはないわな。パスポートとかを見ない限りバレないとはいえ、あいつは所謂“男の娘”だからね」


 「そうですね。ラノベの鉄板キャラになったとはいえ、まだ苦手なのはいますから」


 「ま、そういうとこはおいといて……」



 彩希人は座っていた階段から立ち上がると、そばに置いていたリュックから蓋付きのケースを取り出す。



 「いいあてがあるってのはマジだし、俺と雪吹がいるとなるとかなりの戦力アップになるな。後はこいつを返して、意思を確認するだけだ」


 「そうですね。もうそろそろイベントも終わりますし、この後に渡すチャンスもあります」



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 しばらく経ってからの放課後……



 「うわぁーー!?」


 「なんだ、どうしたッ!?」



 彩希人が部室のある屋上へ階段を上がっていると、上から次郎の叫び声が降ってくる。


 慌てて駆け上がると、部室のドアの前で次郎が腰を抜かして座り込んでいた。



 「ああああ、ありのままに今見たことを言うぞ!ぶぶぶぶ、部室に……」


 「遅いよ、彩希兄



 部室から出てきたのはいぶきだった。


 その手には、先日奪還したアバンテMk-Ⅱがある。



 「しゃぁねーだろ、日直だったんだから。どっかの髪立てたフランス人みたいなこと言ってる奴はほっといて、とっととやるか」


 「もちろん!」



 いぶきも乗り気で応える。


 なぜ、このようなことになったか。それは彩希人が池袋のイベントに行ったときまで遡る。


 瑠璃子と話したあと、しばらくしてからステージが行われて場所に戻ると既に解散したのかスタッフなどの撤収が始まっていた。


 瑠璃子がいぶきを見つけ、声をかけようとすると向こうもこちらに気づいたようだ



 「彩希兄!?しかも、うちの制服!?」


 「ああ、こないだお前と同じ学校に転校したんだよ。……家の事情で」


 「驚いたでしょ、ボクがデビューしてたって。しかも最年少でセンターって」


 「多少はな、樹からも聞いてたし」



 どちらもあまり驚いていないようである。



 「で、何の用なの?」



 いぶきの問いかけに、彩希人は無言でケースを投げ渡す。


 ケースを受け取ったいぶきはすぐさま中身を確認すると、何かを確信したかのような表情を見せた。



 「いいよ、顔出せる機会は少ないかもしれないけど。ボクもホントは続けたかったし、手放すのも不本意だったしね」


 「決まりですね、先輩」


 「……だな、頼りにするぜ?」



 彩希人は意思を確認するかのように拳を前に出す。


 返ってきた答えはいぶきの満面の笑みと軽くぶつけてくる拳であった。