Act.1 横浜から来た男 その1

 「……これで全部だな」



 藤村彩希人は潰された段ボールの山を見て呟く。


 外を見ると、いつのまにか日は落ちていた。


 彩希人はため息をつくと、段ボールの始末にかかる。


 そのとき、枕元に置いていた携帯が震えだす。


 彩希人はそれを拾い上げ、画面に映し出された名前を確認する。



 「樹か、どーした?」


 『引っ越しは順調みたいだな』



 電話の相手は親友の北嶋樹だった。



 「ああ、今終わったとこ。家電ほとんど処分したから荷物少なめだし、あとは段ボール片すだけ」


 『そっか』


 「ところで、まだ噂にはなってないよな」


 『なんとかね。亨もほとぼりが冷めたくらいからお前から貰ったやつ使うってさ』


 「了解、後はそっちに任した。そいじゃ」



 言葉を終えるとともに彩希人は電話を切る。


 その視線の先には、2着の制服がかかっていた。


 ついこの間まで自分の身を包んでいたものと、明日から世話になるものと。



―――――――――――――



 4月……


 白鳥次郎は玄関で指示された教室に向かっていた。


 だが、行ったところで会うのは知った顔ばかり。


 学園ものでお馴染みのクラス替えなんてものはこの光神高校にはない。


 要するに、3年間クラスは同じ顔を見ることになる。転校生でも来ない限りは。


 教室に入ると、やっぱり見慣れた顔が普通の挨拶をかけてくる。もちろん、自分もそうする。


 しかし、自分の席に向かうと小さな違いがあった。


 なぜか、ひとつ席が多い。



 「なんかさぁ、席1コ多くねぇか?」


 「あぁ、転校生来るんだって」


 「へえ~」



 次郎が感心すると同時にチャイムが鳴る。


 それに合わせて、前年度と変わらない美人教師が教室に入ってきた。


 そのそばには、新顔を連れている。



 「はい、注目~。短い春休みだったけど、今日からまた頑張ってね~」



 教師の無駄に高いテンションに対し、気のない返事が教室から帰ってくる。



 「まー、こーなるって予想はしてたけど。そんなみんなに、今日から一緒になる転校生を紹介します」


 「横浜から来ました、神……藤村彩希人です。こないだ引っ越してきたばかりなので、この辺のこととかあんまりわからないですが、よろしくお願いします」



 彩希人は簡単な自己紹介をすると、黒板に名前を書く。


 変わった漢字の組み合わせに一部の生徒の興味をひいたようであった。



―――――――――――――



 ホームルームが終わり、休憩時間になると彩希人の周りには例のごとくクラスメイトが集まり、いろいろ聞いていた。


 例によってテンプレート的な質問が降りかかってくるが、こちらもテンプレート的に返す。


 そのとき、隣の席で何かが崩れたような音がした。



 「あー、やっちまったぁ……」


 「…………!」



 直後に彩希人は足に何かが当たった感覚をおぼえる。


 椅子を引いて机の下を覗き込むと、すぐに"そいつ"を拾い上げた。



 「……エアロアバンテか」


 「それ、オレの!」



 拾い上げたモノの名前を呟くと、隣の席の主が駆け寄ってきた。


 彩希人が振り返ると、隣の席は何かをひっくり返したのかビスやらなにやらが床に散らばっていた。



 「なにやってんだか」


 「相変わらず、ミニ四駆かよ」


 「いい歳なんだからさぁ、玩具のクルマなんてよぉ」



 クラスメイト達が口々にからかいの言葉をかけていく。


 その様子に彩希人は無意識に机を叩いていた。



 「……おい」


 「な、なんだよ」


 「そういう言い方って、ないんじゃぁないのか?」



 突然の彩希人の剣幕に周りの連中が少々引きぎみの表情を見せる。


 彩希人はそれを一瞥すると、手にしていたエアロアバンテを持ち主に返した。



 「あんたらには、玩具に見えるかもしれない。だがな、こいつにとっちゃこのマシンは高校生を留年(ダブ)らせたS30Zとか豆腐屋のAE86のよーなもんだ」


 「例えがわからん……」



 一息ついて彩希人は続ける。



 「自分の趣味を同じようにけなされたらという前提で考えろ、俺が言いたいのはそういうことだ」


 「わ、悪かった……」



 謝りつつクラスメイト達は自分の席へ帰っていく。(去り際に「あいつ恐え……」という声が聞こえたような気がしたが、彩希人は気づかないふりをした)



 「すげーな、お前」


 「荒事とかそういうのには慣れてるからね。それにしてもエアロアバンテか、いいやつ選んでるな」


 「動画サイトで大物投稿者が紹介してて、カッコいいって思ってコレにしたんだよ。そうだ、忘れてた」



 目の前の男は頼みもしないのに自己紹介を始める。



 「オレは白鳥次郎、よろしく」


 「……藤村彩希人」


 「ところでお前、ミニ四駆やってるわけ?オレがからかわれたとき、すんごく怒ってたけど」


 「ぼちぼちな、それより始業式始まるぜ?」



 次郎が彩希人の目線の先を見ると、担任教師が「早く~」と手招きしていた。



―――――――――――――



 「ふぃー、疲れた」



 始業式の後、再びのホームルーム経て今日の学校は終わった。


 さっきのが強烈だったのか、彩希人に対する少々引きぎみな扱いは続いていた。


 とはいっても、彩希人は気にせず帰宅の途についたのだった。



 「ただいま~、どうせ誰もいないけど」



 彩希人は自室に向かい、荷物を机の下に放り込んだ。


 その後、服を着替えつつ隣の本棚に向き合う。


 そこには、学校で見たのと似たようなマシンがあった。


 アバンテJr.、次郎が持つエアロアバンテの原型となるものである。



 「さて、行ってきますか」



 彩希人はマシンとツールをリュックに入れると部屋を出ていった。


 引っ越してきた日に見つけたコースを攻略するために。